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2019 / 04 / 04  15:30

地区紹介:御影地区

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弓場

弓場の地車は、約130年前に住んでいた御影の大地主、奥田栄吉が町のために淡路より職人を呼んで自分の母屋に住まわせ御影の浜で作らせたものです。特徴として屋根の上での舞が独自です。これは花広さんが昭和30年頃より、はじめられたのが伝統として受け継がれています。

紙吹雪・蜘蛛の糸など華麗な舞をどうぞご覧ください。

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郡家

大正から昭和にかけて活躍した名彫師、彫寅こと北野寅蔵の手による自慢の地車です。

弓弦羽神社の宮本として、誇りを持って役員・若中・婦人部また地域力を合わせて地車を運行しております。

勇壮な太鼓や鐘の響きをお楽しみ下さい。

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上石屋

上石屋の地車は、昭和58年4月に大工・有居孝充、彫師・甲良 丈の手により子供地車として魚崎浜町の三木材木店にて誕生。

そのあと後の飾幕を太鼓正にて、前の飾幕を絹光工房にて新調、又高さを約30センチ大きくして現在に至っている。

綱敷天満神社春祭に町内を巡行。上石屋の地車は子供がおはやしをたたき、屋根で踊りますので是非一度ご覧ください。 

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西御影

 

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西之町

西之町の地車は昭和3年に昭和天皇の御大典にあわせて新調いたしました。

大工は木長為吉、彫師は開正藤・生、飾り幕は梶内近一の手によって作られた純神戸型の地車です。彫物は神話伝説、源平盛衰記、太平記などの題材が細かく彫られており、一見の価値が有ります。

5月1日の奉祝だんじり巡行時にじっくりとご覧頂けたらと思います。

 

 

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中御影

中御影地区は阪神御影駅北側からJRまでの地域で、屋号「柳」の名はその昔町内を流れていた「柳川」にちなんだ旧地名です。

この地車は明治中期に名工大佐により造られたと伝えられ、幾度の改修を重ね受け継がれてきたものです。華美過ぎず白木を活かした落ち着いた造りで、飾幕を求めない正面数体の龍の彫物が特徴です。伝統・習慣を守りながらも常に新風を取り入れ、活気ある『柳の地車』を是非ご覧ください。

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中之町

中之町地車の特徴は男屋根、女屋根の破風全体に唐草模様で透かしを取入れた錺金具。

また、彫刻では富山県井波彫刻「川原啓秀」作の鋭い睨みの鬼板、阿吽の麒麟、泥幕の後には「加藤清正虎退治」が観音開きの細工を取り入れ、欅一枚板に彫られています。

淡路の名工「梶内嘉三、純治」作の純金糸を使用した豪華絢爛な飾幕等多彩な細工が満載です。奉祝だんじり巡行では是非中之町地車をご覧になって下さい。

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東之町

その昔、遡ること159年。摂津の國御影村に生まれた教育者、世界の柔道家で知られる『嘉納治五郎』は東之町が生誕の地。当時も目にした郡家の宮のだんじり祭。形は変われど曳き手の意気は先人譲り。奇しくも治五郎没後81年の命日は、5月4日の本祭り。意気と粋が絡み合うての此の祭り。1に氏神、2に氏子、3、4が無くて5に地車。こうして祭が出来るのも、先人達の苦労のお陰。御影の空に轟き渡り、天高く舞う祭の息吹。老いも若きも一つになりて、感謝の気持ちと、商売繁盛・町内安全を祈願して、東之町の曳行です。

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東明

東明地区は菟原処女の悲恋物語として、「処女塚伝説」と新田義貞の窮地を救った武将「小山田高家」の武勇が地元ゆかりとして有名です。東明區の祭りに対する考え方は、(全ての人々が楽しんで頂けるお祭り)をコンセプトとし毎年執り行っております。

東明區のだんじりは五月末と九月には子供達を主体とした子供だんじり巡行を行なっております。是非一度、東明區のだんじり祭りをご覧下さい!

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浜石屋

浜石屋地区は、御影の天神さんとして親しまれている綱敷天満神社の氏子です。

江戸時代より御影石の生産加工で栄え、かつては御影一と言われただんじりを有したほど、だんじり祭りも盛んな土地柄です。現在のだんじりは、昭和62年に新調復興し現在に至っています。

だんじり巡行では、鮮やかな緑の装束が目印です。

ぜひ皆さん、パレード並びに綱敷さんへ足をお運びください。

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平野

平野區は自治会上御影協力会の地域にあたり、南北朝時代の武将、赤松円心の家臣平野忠勝の居城が御影墓地辺りにあった事から、平野村が生まれ現在にも名残が残っています。

平野區の地車は、昭和3年の御大典を機に、明治初期の作品を淡路から購入した純神戸型の地車です。

当時のままにこだわり大幅な改修は行っておりません。現在もその伝統と誇りを受け継ぎ、守り続けている地車です。